2010/03/01

地震回想

チリの地震・津波の報道をみると、どうしてもインドネシアで記者をしていた時代に何度も遭遇した震災を思い出します。

今日の報道ステーションの冒頭で津波の結果、内陸まで突っ込んだ船の写真が出ていましたが、アチェでも全く同じことが起きました。今ではその船は固定され、観光スポットになっています。


△アチェで地上に突っ込んだ発電船(2009年)


△小型の漁船も(2009年)

チリでは略奪行為も起きているようですが、インドネシアでは基本的にそうしたことはありませんでした。壊滅したアチェは別にしても、ジョクジャカルタやパダンでは被災者の多くが農民で、コメや卵(鶏を飼っている人が多い。鳥インフルエンザの温床でもあるけど)といった食料を確保できていたからかも知れません。

昨年のパダンの震災の時は、発生直後に現地入りし、取材の一環で日本の緊急援助隊に同行しました。私が取材する一方、援助隊員から現地の事情、習慣、家屋の構造などについて聞かれたのですが、その中で「被災者の表情が意外に明るいですね」と驚いている人がいました。家族を失ったような人はともかく、家屋全壊程度の被害では結構、明るい人が多かったのは事実でした。



△笑顔で食事する被災者(パダン地震発生2日目)



△炊き出し中。熱心に食事をすすめられ、少しご相伴した(同)


一部の日本の人が想像する南国の人のイメージ通りに、インドネシア人は確かに、いい加減ですぐにあきらめちゃったりするところがあり、そういう部分では確かに弱いのですが、その反面、しぶといところもあります。モノやお金へのあきらめは良い意味でいいと思います。
日本人は固い棒で、普段は強いですが、極端な負荷がかかるとポキッと折れてしまう。インドネシア人は竹のようなもので、普段はふにゃふにゃですが、大きな負荷があっても受け流すのがうまい。そのように感じました。

いずれにせよ、チリの被災者が一人でも多く無事でありますように。

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